コメント

監督:荒井晴彦

三十年前、「この国の空」を読んで、映画にしたいと思った。高井有一さんにお会いして、映画にできる当てはありませんが、原作を頂けませんかとお願いした。高井さんは快諾してくれた。
昭和二十年、八月、杉並の善福寺に母と住む若い娘が隣家の妻子を疎開させた中年男とどうせ本土決戦、一億玉砕死ぬのだと一線を越えてしまう。いけない、と思ったのと同時に里子の周りから蝉の声が消えた。しんと鎮まり返った一瞬があった。里子は身体を弾ませるようにして市毛にしがみついて行った。しかし、戦争は突然終わる。娘は、死ななくてすんだと喜ぶ男を見ながら、戦争が終ったらこの人の奥さんと子供が帰ってくると思う。「この国の空」の主人公は戦争が終って喜べないのだった。この娘にとって「戦後」が「戦争」になるのだろうと予感させて小説は終る。
この国の戦後は、戦争が終ってよかっただけでスタートしてしまったのではないだろうか。まるで空から降ってくる焼夷弾を台風のような自然災害のように思って、誰が戦争を始めたのか、そして誰がそれを支持したのかという戦争責任を問わずに来てしまったのではないだろうか。戦争が終ってバンザイじゃない娘を描くことで、この国の戦後を問えるのではないかと思った。
企画は動かなかった。六年前、余りに仕事がないので「この国の空」をシナリオにした。信頼する監督に読んでもらった。脚本賞取れるようなホンだけど、こういう映画、誰が見るの?と言われた。去年の暮、あるプロデューサーがやりましょうと言ってくれた。監督、誰にしようと言ったら、自分で撮りなさいよと言われた。そして、いま、「戦争が終って僕らは生まれた」と同じ歳のカメラマンと「戦争を知らない子供たち」を口ずさみながら撮影している。
敗戦から七十回目の八月十五日の公開を目指して。

二階堂ふみ

京都太秦撮影所での撮影は初めての経験なのですが、本気度の高いスタッフの方々とご一緒する事ができて嬉しいです。素敵な作品になるよう精一杯頑張ります。

長谷川博己

私の想像する戦時中の激しさとは違い、静かでしっとりとした庶民の日常が美しい台詞と共にに描かれています。
戦争が人々に与えてしまった影響をイメージしながら、作品に取り組みたいと思います。どうぞお楽しみに。